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東京地方裁判所 平成10年(ヨ)8006号 決定

債権者

甲野太郎

外四名

右五名訴訟代理人弁護士

猪狩俊郎

鈴木政俊

小笠原勝也

塩谷崇之

清水保彦

高橋勇

竹原虎之助

野崎晃

藤澤實

藤本昭

増田嘉一郎

村上泰

債務者

有限会社乙川総業

右代表者代表取締役

丙山一郎

外二名

主文

一  債務者らは、左記行為をするなどして、別紙物件目録一ないし八記載の専有部分の建物(以下「本件建物」という。)を、K会※※執行部乙川総業(以下「乙川総業」という。)の組事務所又は連絡場所として使用してはならない。

1  本件建物内で乙川総業の会合又は儀式を行うこと

2  本件建物内に乙川総業の構成員を結集させ、若しくは当番組員を置き、又はこれらの行為を容認、放置すること

3  別紙物件目録中の一棟の建物「○○」のうち、本件建物の位置する九階の廊下、エレベーターホール、屋外階段、避難用バルコニーなどの共用部分(以下「本件共用部分」という。)に乙川総業を表象する紋章、文字板、看板、表札その他これに類するものを設置すること

4  本件共用部分にテレビカメラなど外来者を監視する機器を設置すること

5  本件建物の外壁開口部に金属板を設置すること

二  債務者らは、自ら左記の行為をしてはならず、また、乙川総業の構成員をして、左記の行為をさせてはならない。

1  本件共用部分に防護扉及びこれに類する遮蔽物を設置すること

2  本件共用部分にある屋外階段への入口扉の錠を付け替えるなどして施錠すること

三1  債務者らは、この決定送達の日から三日以内に、左記物件を撤去せよ。

(一)  本件共用部分に設置ないし掲示されている別紙標章目録記載の標章のある標章物及びこれに近似した標章のある標章物並びに乙川総業の組織を示す記載のある標章物

(二)  別紙平面図の赤色部分(エレベーター扉前)に設置されている防護扉

(三)  別紙平面図の緑色部分(九〇八号室及び九〇九号室の窓部分)に設置されている金属板

(四)  別紙平面図の黄色部分ないしその付近に設置されているテレビカメラ四台

2  債務者らが右期間内に右各物件を撤去しないときは、債権者らは東京地方裁判所執行官に債務者らの費用で右各物件を撤去させることができる。

四1  債務者らは、この決定送達の日から三日以内に、左記復旧工事をせよ。

(一)  別紙平図面のエレベーターの扉脇にあるサービス階切り離し設備を撤去するなどして、改造前の状態に戻す工事

(二)  別紙平図面の茶色部分に設置された九階屋外階段入口扉に付け加え、又は付け替えられた錠部分を撤去するなどして、改造前の状態に戻す行為

2  債務者らが右期間内に右復旧工事を行わないときは、債権者らは東京地方裁判所執行官に右復旧工事を行わせることができる。

五  東京地方裁判所執行官は、第一項の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。

理由

第一  申立ての趣旨

主文同旨

第二  当裁判所の判断

一  前提となる事実

疎明及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実を一応認めることができる。

1  当事者

(一) 債権者らは、本件建物のある分譲マンション○○(以下「本件マンション」という。)の区分所有者全員により構成される管理組合の組合員であり(甲一ないし五)、建物の区分所有等に関する法律五七条三項に基づいて、平成一〇年一一月二四日付け臨時総会決議によって、訴訟追行権を与えられた者である(甲二〇)。

(二) 債務者有限会社乙川総業は、昭和五七年に設立された飲食店及び遊技場の経営等を目的とする有限会社で(甲六)、本件建物を所有者(甲二七ないし三四)から賃借するなどして、乙川総業の組事務所として使用している(甲七の1ないし3、同八ないし一四、同二五、同二六及び同三五)。

債務者乙川二郎は乙川総業の会長である。債務者丙山一郎は乙川総業の代行で有限会社乙川総業の代表取締役も兼ねている(甲六、同七の1、2)。

2  臨時総会決議について

本件マンション管理組合は、平成一〇年一一月二四日開催された臨時総会において、区分所有者及び議決権の各過半数以上の多数をもって、建物区分所有等に関する法律五七条に基づいて、本件マンション九階の九〇三号室を除く占有者らに対する使用差止請求訴訟(仮処分等を含む)及びその他本件に関連する訴訟を提起すること、右裁判の訴訟追行権者として債権者らを選任すること、右各裁判手続を弁護士に依頼することをそれぞれ決議した(甲二〇及び審尋の全趣旨)。

3  K会を巡る対立抗争の状況

(一) K会は、平成五年七月二一日、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律によって指定暴力団と指定され、三年後の平成八年七月一二日に再指定されている団体であり、全国暴力追放運動推進センター・警察庁暴力団対策部の報告書「暴力団情勢と対策」では、平成一〇年一月三〇日現在、主たる事務所を東京都豊島区西池袋〈番地略〉に構え、勢力範囲が一都一道一五県に及び、暴力団員数として約二〇〇〇人を抱えているとされている(甲二二)。

(二) K会は、過去には昭和五七年四月及び昭和五八年一〇月に、東京都豊島区池袋を舞台として、S系の組との間で発砲事件を含む抗争を繰り広げ、昭和六二年八月には、青森県を舞台として、青森県を本拠に持つUとの間で発砲事件を起こし、平成五年七月には、東京都豊島区池袋その他の地域でY系の組との間で発砲事件を含む抗争を行い、平成九年一二月には、S系の組との間の発砲事件にからんでK会系の幹部が拳銃所持の容疑で逮捕されている(甲二一、同二三及び同二四)。

(三) そして、最近では、平成一〇年三月に、東京都豊島区池袋地区の風俗チラシの配付を巡ってS系の組との間で発砲事件を含む抗争を起こし、同月四日にはK会系組幹部らが凶器準備集合罪の容疑で逮捕され、同月一二日にはS系組員二名が、同月二〇日には乙川総業幹部及び同組員の二名が拳銃所持の容疑で逮捕されている(甲二一、同二三及び同二四)。

4  本件建物の利用状況

(一) 本件建物のある本件マンションは、昭和五三年三月に竣工された地上一一階建て総戸数九二戸の分譲マンションで、JR池袋駅北口のすぐ近くに位置している(甲八及び同一四)。

(二) 債務者らは、本件マンション九階の廊下の壁にK会の代紋をかざした標章物を掲げるなど、対外的にも組織を示す標示を行って、本件建物を乙川総業の組事務所として使用している。

そして、他の組との間の対立抗争に備えるために、本件建物のうち九〇二号室及び九〇八号室の廊下側壁面にエレベーター前に向けて二台の監視用テレビカメラを、九〇七号室の避難用バルコニーには本件マンションの一階玄関部分に向けて監視用テレビカメラ一台を、九〇九号室の避難用バルコニーには本件マンションの隣のマンションとの間の狭間に向けて監視用テレビカメラ一台を、それぞれ設置しているほか、九〇八号室及び九〇九号室の窓部分に金属板を設置し、本件マンションのエレベーターが九階で停止しないよう、同エレベーターにサービス階切り離し設備を付け加えるなどして管理し、かつ、九階エレベーター扉前には防護扉を設置して、エレベーターが九階部分に停止しても、防護扉を開けない限り外部の者が九階部分に立ち入れないようにしている。さらに、九階部分に通じる屋外階段入口扉の錠部分も、九階部分に立ち入れないようにするために付け替えるなどした上施錠している。

このようにして、債務者らは、本件建物を乙川総業の組事務所として使用するに当たって、本件マンション九階部分全体を事実上要塞的な状況に保ちながら使用している(甲八ないし一五、同三五及び同三七)。

二  被保全権利及び保全の必要性

1 債権者らは、建物区分所有等に関する法律五七条に基づいて、本件マンションの区分所有者以外の専有部分の占有者(同法六条三項)である債務者らが本件マンションの管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合に、区分所有者の共同の利益のため、その行為を停止し、その結果を除去し、又はその行為を予防するため必要な措置を採ることを請求することができる。

2 これを本件についてみると、先に認定したとおり、過去に対立抗争を繰り返し、最近もS系の組との間で対立抗争を行い、今後も対立抗争を起こすおそれの高いK会に属する乙川総業が、拳銃の発砲を含む対立抗争に備えて、一の4(二)で認定したような装備を備えながら本件建物を組事務所などとして使用することが、区分所有者の共同の利益に反することは明らかで、抗争に巻き込まれることの危険や現在におけるその不安を除去すべき緊急の必要性もあるから、債務者らに対し直ちに乙川総業の組事務所などとして使用することの禁止を求める債権者らの申立ては理由がある。

3 また、他の組との対立抗争に備えるべく、本件マンションの廊下及び避難用バルコニー部分にテレビカメラを、エレベーター前に防護扉を、九〇八号室及び九〇九号室の窓部分に金属板を設置するほか、本件マンションの廊下など共用部分に、対外的に乙川総業が組事務所として使用していることを表示する代紋等の標章物を掲げることは、これによって、他の区分所有者が本件マンションの廊下やエレベーターなど共用部分を使用することの妨げになることはもとより、これらの者が乙川総業と対立する組との間の拳銃の発砲を含む抗争に巻き込まれるなどして共同の生活上の利益が害されるおそれがあり、その危険や現在における不安を除去すべき緊急の必要性もあるから、債務者らに対し直ちにこれらの物件の除去を求める債権者らの申立ても理由がある。

さらに、債務者らは、対立する組の組員らによる侵入を防ぐために、エレベーターにサービス階切り離し設備を付け加えるなどしてエレベーターが九階に停止しないようにするなどエレベーターの管理権を事実上支配し、あるいは、九階屋外階段入口扉の錠を付け替えるなどして常に施錠することによって、他の区分所有者らが同共用部分を日常使用することを妨げており、これが区分所有者らの共同の利益に反する行為に当たることは明らかであるから、債権者らは、債務者らに対し、かかる状態を原状に復させることを求める権利がある。本件マンション九階に債務者ら以外の占有者による専有部分(九〇三号室)があることからすれば、右の必要性は一層高いものといえる。

4 また、本件事案の特質にかんがみるならば、区分所有者の共同の利益に反する行為の差止めを求める債権者らの申立ての目的を実現するために、主文第五項の公示をあわせて行うことが適切である。

右のような不作為命令の公示については、事実上の行為にすぎないから、このような処分を広く認めてゆくことには問題があると考えられるが、民事保全法二四条、執行官法一条二号の解釈上執行官に事実行為的な行為を行わせることが全く許されないものとまでは解されず、このような行為であっても当該事案において仮処分命令の申立ての目的を達するために真に必要かつ適切であり、かつこれを許すことに特段の弊害もないならば、場合によってはこれを命じることができると考えられる。そして、本件事案はまさにこのような稀有な類型に属するものということができよう。

5 以上によれば、債権者らの本件仮処分命令申立てはいずれも理由があるから、債権者らに共同で債務者らのため全部で金五〇万円を立てさせて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官相良朋紀 裁判官瀬木比呂志 裁判官西森政一)

別紙物件目録〈省略〉

別紙標章目録〈省略〉

別紙9階平面図〈省略〉

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